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出来なかった事ができるようになる。

めっきり放っておいてしまったブログ、、。


1月は通常業務しかないから余裕、と思って過ごしていた所、いつの間にか2月目前!ところが1月終わりにデュオ写真撮影の際慣れない化粧を久しぶりにしたせいか、そこから今までものもらいが目にできています。。加えて風邪も引き、さらにはものもらいのウィルスが感染力の強いものだったようで、1週間経っても治らず、、。しかし昨日やっと近所の眼科医に見てもらい、今までとは違う種類の抗生物質入り目薬が処方されました。(それまでは診療時間との兼ね合いが全て悪く救急病院で見てもらっていたのです。)
一日目は、一時間おきに、二日目は二時間おきに、三回目は三時間おきに、と冗談のような処方法をご機嫌なお医者さんに告げられましたが、この効果が驚く程顕著に現れ、点眼後二時間でまず目の充血に回復が見られました。

右まぶたは若干お岩さんのようですが、私は目が幾分大きめですので、眼鏡をしていれば気にならない程度かと思います。

私は普段「風邪かも!」と思った瞬間、ビタミンCの豊富な果物を食べたり、水分を多く取ったり、風邪薬を飲んで早く寝るようにしています。

この「水分を多く取る」というのは、ドイツ人が事ある毎に口にする健康法であります。数年前から流行っているヨガの影響だけではないようでして、私は20代後半に膀胱炎のような症状が出た際、医者からの処方箋に「たくさん飲む事」と書かれた事もあります。ちなみにここでいう「たくさん」とは「5リットル」だそうです。当時の看護婦さんは毎日1日2リットルの水を飲む事が好ましい、と言っておりました。2リットルは気をつけて水を飲むようにしていたら達成出来る量ですが、5リットルはさすがに罰ゲームのようでした。その後、彼らの言う事を聞いて気をつけて常に水分を取るようにしていますが、確かに全体的には体調が良くなったような気がします。(風邪を引いてものもらいを作っている身で言うのはなんですが、、。)特にドイツは空気が乾燥していますので、内側からも水分を取る努力をして悪い事はないに違いありません。

という訳で私は今日もお茶をがぶがぶ飲んでおります。

さて風邪薬を始めとする薬類も、今でこそ普通に飲めるようになりましたが、私は中学校に上がるまで、錠剤、粉末剤、薬という薬を飲む事が苦手でした。というか、ほとんど飲み込む事ができませんでした。苦味がしない、という事でカプセル剤を処方してもらった事もありますが、何度水を飲んでも飲み込めず、あまりに長い時間口の中に入っていたので、カプセルが溶けてしまい、苦い薬が舌の上に出てきてしまって大泣きした経験もあります。当時、母親が薬を飲む度に大惨事(緊張して顔が青くなるー薬を吐き出してしまうー泣く)になる私に堪忍袋の緒を切らし、「今は風邪だから良いけど大人になって薬を絶対飲まなきゃいけない大きな病気になったらどうするの!?」と一喝され、さらに大泣きした経験も多々。しかし人というのは窮地に立たされたら、普段できない事もできるようになるようでして、私はそれが中学生の時に起こりました。常時、腸の調子が今いちだった
決して美しい話ではないのですが、私はある授業で教室にいるよりもトイレにいた方がベストと自己判断した時があり、とりあえず保健室へ行きました。(授業中にトイレにずっととどまる事はきっと許されませんでしたし、和式だと色々大変です。)そこで保健室の先生に症状を話した所、整腸剤を飲めと言われたのです。保健室の先生はベテラン先生。ここで飲まないと仮病と思われるかもしれないし、当時すでに14歳だったので、錠剤を飲み込めないなどと子供のような事を言いだせず(私は見栄っ張りだったのです。)、私は意を決して薬を飲んだのです。するとあらびっくり。昔はあんなに飲み込めなかった薬が水と共にするりの喉の奥へ流れていったではありませんか。おなかの状態も見事に落ち着きました。それ以来、私は今までの事はなかったように薬を飲めるようになりました。

同じような経験が私はお寿司にもありまして、19歳にして初めて生魚をお寿司を口にしました。当時は正直、食べなくてはならない状況(目上の人を目の前に、わざわざ用意してくださったお寿司を嫌いだから食べられないとは言えなかった)に緊張して食べる事に専念し、申し訳ないくらい味などほとんどわかりませんでした。しかし20歳を過ぎてお酒を嗜むようになってからは、いつの間にやら生魚類を好んで食すようになったのです。多くの人からは青森に住んでいたのにもったいないと言われますが、このおかげで外国に住む日本の方の多くが思いを馳せる「日本の味=生魚」にそれほど執着がなく、ドイツで手に入れる食材の範囲で満ち足りた食生活を送る事が出来ているのかもしれません。

余談ですが、私の33年間変わらず好きな食べ物は茄子です。



というような事を私は昨日医者に休めと言われ、家で過ごした火曜日に思い出した次第でございます。




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モバイルギロ。

日本滞在記2の前にこちらを。
ドイツ・ケルン市にはSchlagquartett Köln という現代音楽のスペシャリストである4人が集まった打楽器四重奏団があります。 そのリーダーThomas Meixnerさんは、以前にもブログに書きましたがハリーパーチの楽器をほぼ全て1人で製作したり、学生時代大太鼓を胴から自作するという日曜大工の域を越えたただものではない人物であります。(本人曰く、全て独学)


そんな彼が先日作ったモバイルギロ。 長いギロを入手するのに今まで苦労して来た打楽器奏者には、目から鱗のこの構造。 これで商売をしよう、などと微塵も考えていない彼の行為によりこのギロを紹介します!
材料は 段ボール 溝を付けた木の棒 木の板 アルミなどの金属枠(ドイツではこの角度を付けて曲げられた状態で売っています)











写真のように、木の板の両側に金属枠を取り付けます。(これは穴をあけてネジで固定) 板の幅より広めの段ボールの真ん中に接着剤で溝を入れた木の棒を貼付けます。 この段ボールを金属枠と木の板の間にはめ込んで出来上がり。
これが驚きのサウンドなのです。 段ボールと木の板の間の空間が共鳴帯になり、豊かな響きを作り出すのです。

スタンドに固定する部分ですが、彼は木と金属で既製のシンバルスタンドにはめられるものを作っていました。
これはスーツケースに入れて簡単に持ち運びできます。 彼も、移動中に新しいギロを作りたくなり、ホテルの部屋で製作したそうです。
おためしあれ!

いい話を聞かせてもらった。

しみじみと感動した話を聞いたので書き留めてみました。

ヨハネス・フィッシャーというドイツ人打楽器奏者がいます。彼は2007年にARD国際音楽コンクール(ミュンヘン国際音楽コンクール)で一位を受賞し、その後ソリストとして活躍しつつ、29歳でリューベック音楽大学の教授にもなった非常に優秀で素晴らしい音楽家です。
光栄なことに私は彼とたまにアンサンブルmusikFabrikの仕事で一緒になるのですが、先日そんな彼からこんな素敵な思い出話を聞きました。
ヨハネスがまだフライブルク音楽大学の学生であった頃、フライブルクとケルンの音楽大学作曲クラスの交流企画で、ケルン音楽大学に作曲科学生の作品を演奏をしにいったそうです。
当時ケルン音楽大学の打楽器クラスは、クリストフ・カスケル氏が教授をしておりました。カスケル氏はシュトックハウゼンの「チクルス」やラッヘンマンの「アンテリオール」などの打楽器ソロを始めとする多くの新作初演を行い、様々な作曲家に大きく影響を与えた伝説の人物です。また彼のもとで勉強をした多くの打楽器奏者が、現在のドイツ現代音楽界を支えていると言っても過言ではありません。
さてヨハネスが、ケルンでの交流企画の数週間前、突然このような電話がかかってきたそうです。
「フィッシャーさん、私はケルン音大のクリストフ・カスケルです。今回演奏に来てくださるの楽しみにしてます!あなたが使う楽器のリストは、事前に作曲家からもらっていますが、全部こちらで用意させていただきます。当日は何時にケルン音大にいらっしゃいますか?私の生徒が玄関でお迎えして、お手伝いをさせていただきますからね。気をつけていらしてください」
定年退職数年前60代後半・伝説のカスケル氏から非常に丁寧な電話(ドイツ語で丁寧語であるSiezenで使っていたそうな)をもらい、当時20代始めのヨハネスは非常に驚き、感激したそうです。そして彼の話のとおり、コンサートの当日は本当に学生が玄関で迎えてくれ、楽器の手配、セッティング等を非常に親切に手伝ってくれたそうです。
そしてコンサートが終わり、ヨハネスが片付けようとしたところ、再びカスケル氏がやってきて、こう言ったそうです。 「フィッシャーさん、素晴らしい演奏をありがとう!片付けは私の生徒達がやりますよ。あなたは演奏をされたんだ。他の演奏者や作曲家と一緒に打ち上げに行ってください!」
ヨハネスは…

ラッヘンマンの音楽は楽しい!

ブログ開始から時間がばっちり経ってしまいましたが、めげずに初めての更新。

先週末ははドイツのかなり南にあるラーヴェンスブルクからさらにいったヴァインガルテンという小さな街の現代音楽祭でヘルムート・ラッヘンマンの室内楽作品「Mouvement」「Zwei Gefühle」を演奏してきました。良くエキストラに呼んでいただくムジークファブリック。ありがたき幸せ。


どの楽器も大活躍、特殊奏法満載のこの曲。 練習を重ねれば重ねる程、演奏中の快感がどんどん増していきます。 私はこの曲とソロ曲「Interieur」で擦る奏法での音の醍醐味を知りました。 (余談ですがラッヘンマン初期作品の「Interieur」。書いてある事を丁寧に読むとどなたでも演奏できます!手が早く回らない私でも!ぜひ日本の打楽器奏者のみなさま挑戦してください!ちなみに日本では手に入りにくい(?)Reibestockの使用の指示はありません!





今回も使用した箱形のウッドブロックとテンプルブロック。この曲の場合ラッヘンマン自身からの指定ではないのですが、打楽器奏者ボリス・ミュラー製作のもので音の立ち上がりがよく、なおかつアンサンブルの中でもよく混ざる音色。オペラ「マッチ売りの少女」にはどうやらこのウッドブロックがベストのようで、今年の夏は、彼に出版社から大量注文が来たそうです。今後このオペラが演奏される時は楽譜と共にウッドブロックが送られてくるそう。(細川俊夫さんの出版社ショットでも同じように楽譜と共に風鈴が送られてきます。)



 ムジークファブリックは今回演奏した「Mouvement」に使用されるKlingelspielも新たに作ってもらい、ラッヘンマン氏もご満悦。初演当時使用されていたものは壊れてしまっているらしく、私は今までMIDIキーボードで演奏されているものしか聞いた事がなかったのですが、生Klingelspielは素晴らしかった!ちなみにこのKlingelspielはベルリン在住のトランペット奏者/作曲家の方が作ったそうです!ドイツの日曜大工レベル高い!
私の相方によると構造的には特にすごく複雑ではないそうなので、ぜひ日本でもどなたか作っていただき、この曲を演奏してもらいたいなーと思いました。
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