2013年半分終了。 6月 30, 2013 怒濤の2月ー5月、日本への一時帰国を終え、お肉を焼く匂いが至る所でするハノーファー近郊修道院の村Loccumロックムから久々の更新です。 今回の一時帰国では、思わぬサプライズがあり、今後を考える良いきっかけになりました。その話はまた落ち着いて書こう思っています。(このブロブにまだ読者はいてくださるのだろうか、、、) というわけで、今は2013年下半期から2014年に向けて色々計画中。 共有 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 共有 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
私の好きな音楽家 その2 12月 23, 2012 気づいたブログの更新がめっきり滞ってしまいました、、。 やはりなかなか難しいものです、、。 さて私の好きな演奏家シリーズ第二段。 チェリスト・ Markus Hohtiマークス・ホーティです! http://www.uusinta.com/Hohti.html フィンランド人ヘルシンキ在住の彼は、厚く美しい音、知的かつ情熱的な音楽観、そしてどんな難曲でも弾きこなしてしまう実力の持ち主です。かつ声を使ったパフォーマンスも得意。スーパーボールなどのチェロ以外の道具も打楽器奏者に借りたりせず、ばっちり自作してきます。 シベリウス音楽院卒業後オーケストラで演奏していた事もあるそうですが、もっと自由でありたい、と今は退団し、現在はヘルシンキの現代音楽アンサンブルUUSINTAとエレクトロアコースティックアンサンブルDefunensembleを中心にフリーランスプレイヤーとして活動しています。 http://www.uusinta.com/Uusinta.html http://www.defunensemble.fi/defunensembleE.html Defunensembleはチェロ、クラリネット、フルート、ハープ、ピアノ、作曲、サウンドエンジニア、ヴィジュアルメディア・アーティストというちょっと変わった編成のアンサンブル。常にサウンドエンジニアと共にコンサートをしているので、「他のアンサンブルや他の国でエレクトロニックを使う曲をプログラムに入れると良いサウンドエンジニアを探すのに苦労するんでびっくりするんだ!」との事。 彼らは作曲家、エンジニアと常に一緒に企画、演奏活動をする事でエレクトロニックを含む楽曲を普通に取り入れ、クオリティの高い演奏会を目指しているそうです。 ヨーロッパ各地を飛び回っているマークス。数年前にフライト用のチェロハードケースを購入してから、2人分の座席を購入する必要はなくなったそうで「I am very cheep cellist!俺は安いチェリストだ!」と言っていました(笑 1週間滞在するプロジェクトでも荷物は小さなスーツケースにまとまっています。でも服装はいつもエレガント。 スカンジナビア半島の音楽家に会うと自国に住居を持ちつつ、ドイツ、フランス、オース... 続きを読む
いい話を聞かせてもらった。 3月 08, 2014 しみじみと感動した話を聞いたので書き留めてみました。 ヨハネス・フィッシャーというドイツ人打楽器奏者がいます。彼は2007年に ARD 国際音楽コンクール(ミュンヘン国際音楽コンクール)で一位を受賞し、その後ソリストとして活躍しつつ、29歳でリューベック音楽大学の教授にもなった非常に優秀で素晴らしい音楽家です。 光栄なことに私は彼とたまにアンサンブル musikFabrik の仕事で一緒になるのですが、先日そんな彼からこんな素敵な思い出話を聞きました。 ヨハネスがまだフライブルク音楽大学の学生であった頃、フライブルクとケルンの音楽大学作曲クラスの交流企画で、ケルン音楽大学に作曲科学生の作品を演奏をしにいったそうです。 当時ケルン音楽大学の打楽器クラスは、クリストフ・カスケル氏が教授をしておりました。カスケル氏はシュトックハウゼンの「チクルス」やラッヘンマンの「アンテリオール」などの打楽器ソロを始めとする多くの新作初演を行い、様々な作曲家に大きく影響を与えた伝説の人物です。また彼のもとで勉強をした多くの打楽器奏者が、現在のドイツ現代音楽界を支えていると言っても過言ではありません。 さてヨハネスが、ケルンでの交流企画の数週間前、突然このような電話がかかってきたそうです。 「フィッシャーさん、私はケルン音大のクリストフ・カスケルです。今回演奏に来てくださるの楽しみにしてます!あなたが使う楽器のリストは、事前に作曲家からもらっていますが、全部こちらで用意させていただきます。当日は何時にケルン音大にいらっしゃいますか?私の生徒が玄関でお迎えして、お手伝いをさせていただきますからね。気をつけていらしてください」 定年退職数年前60代後半・伝説のカスケル氏から非常に丁寧な電話(ドイツ語で丁寧語である Siezen で使っていたそうな)をもらい、当時20代始めのヨハネスは非常に驚き、感激したそうです。そして彼の話のとおり、コンサートの当日は本当に学生が玄関で迎えてくれ、楽器の手配、セッティング等を非常に親切に手伝ってくれたそうです。 そしてコンサートが終わり、ヨハネスが片付けようとしたところ、再びカスケル氏がやってきて、こう言ったそうです。 「フィッシャーさん、素晴らしい演奏をありがとう!片付けは私の生徒達がやりま... 続きを読む
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